6.印刷屋での仕事

 転職して印刷関係の仕事はやめるつもりだったが、落ち着いたのは結局、家から近いというのが気に入って荻窪にある印刷屋になった。よくあるような町の小規模な印刷屋で、印刷機は菊四裁の単色機がメインだった。担当した仕事は制作部門で、デザインやレイアウト、版下の制作をすることになった。
 会社には写植機がなかったので、原稿に写植指定して発注し、出来上がった写植を受け取って台紙に貼りつけ版下を作る。フィルムを使わないダイレクト印刷の場合はそのまま印刷にまわし、フィルムの場合は製版指定をして製版屋に渡す。版下を扱うのは写植の仕事でもやっていたが、今までは印刷工程の全体を理解していたわけではなく、その部分しか見えていなかった。それが、チラシをデザインしたり、お客さんと校正のやりとりをしたり、印刷用に版下を面付したり、版下にトレーシングペーパーをかけて製版指定したり、いろいろなことをする中で、印刷の全体を見ながら仕事ができるようになってきた。また、社内に印刷機があると、仕事の結果を印刷物で直接確認することができる。使う用紙や印刷方法によって仕上がり具合がどう変わるかを考えながら仕事ができるようになった。いろいろ勉強になることは多かった。

 しかし、印刷関係の集まる神保町界隈から郊外の荻窪あたりにくると、こうも違うのだろうかと驚いた。時代が数年逆戻りしたような感じだった。こんな古いやり方で、こんなのんびりしたペースで版下を作っていていいのだろうか。先のことを考えないと取り残されてしまうのは分かっていた。
 やがて会社でも電算写植を導入することになり、経験があるということで仕事を任された。電算の専用機ではなくパソコンで電算のソフトを動かすというもので、パソコンはNECの98シリーズ、OSはMS-DOSを使い、ジュリアというソフトで写研の電算写植用のデータを作った。しかし、このジュリアというソフトは100万円以上もする高価なものだったが、まだ完全な製品版となっておらず、バグだらけで何度もフリーズを起こす困りものだった。同じ会社のソフトでは以前からスーザンというのがあり、これはレイアウト機能のない、コマンドを入力してコーディングしていくタイプのものだったが、ジュリアではコマンドは使わず、レイアウト表示されたものを見ながら操作していくというもので、今では普通に使われているレイアウトソフトのようなものだった。これがうまく動いてくれれば、同機能の写研の専用機に比べれば、はるかに安い投資で電算写植が導入できた。

 バグに悩まされながらも、どうにか出力センターで印画紙を出力し、仕事が進むようになっていた。パソコンのキーボード入力にも慣れてきた。しかし、その頃の印刷業界はMacintoshによるDTPが主流になりつつあった。中小の印刷会社が導入を試み、導入はしたが満足に動かせなくて挫折したという話をよく聞いたものだ。Macに切り替えるべきなのか、電算を続けた方がいいのか、それとも…、みんな何に投資したらいいのか迷っていたようだ。



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