4.写研とモリサワ

 会社を辞めて次に入ったのも写植屋だったが、今度はモリサワではなく写研の機械だった。機械の構造や操作、文字盤の配列など、基本的にはモリサワと変わりなかったが、メーカーが違えば微妙に違うところが出てくる。文字盤の配列も分類の仕方が違っているところがあって、なかなか文字が見つからないこともあった。今のパソコンでいえば、MacからWindowsに変わったという感じだろうか。基本的な操作は似ているが、いろいろな点でちょっとずつ違うといった感じ。マイナーなMacからメジャーなWindowsに変わるというところも似ている。モリサワのシェアは大阪では写研の3分の1くらいと聞いていたが、東京では1割程度。まったくマイナーな存在で、デザイナーは写研の文字しか頭にないような状態だった。

 そんなモリサワと写研、もともとは一緒に写植機を開発した仲間だった。外国の写植機にヒントを得て、日本独自の写植機を考案し完成させたのがモリサワの創業者である森沢さん。その森沢さんと協同して文字のデザインを担当し、開発資金を調達したのが写研の創業者である石井さんというわけで、二人は写植機の共同開発者になっている。
 学歴はないが独創力がありメカに強かった森沢さんと、高学歴で資金力のあった石井さん。どういう経緯か知らないが分裂して違う会社になった。どちらの担当した分野がその後の展開に有利に働いたかといえば、機械の性能では優秀なモリサワだったが、文字のデザインという面では写研が大きくリードしてしまった。写研とモリサワの文字盤を比べてみると、古くからある書体の文字盤はよく似ていることが分かる。新しい書体はだいぶデザインが違ってきているが、どちらが優秀かというと、比べても優劣はつけがたい。モリサワのデザインが特に劣っているとは思えなかった。石井明朝体は確かにきれいだが、ナール系の書体はバランスが悪くいいとは思えない。同タイプの書体ではモリサワのじゅん系の書体のほうが柔らかい感じでバランスがいい。結局、写研の書体が圧倒的に強いのは、デザイナーの先入観の問題なのだろうと思った。
 そんな背景もあってか、写研の営業の強気な姿勢には、話を聞いていて驚かされた。基本的な書体である石井細明朝体と石井太ゴシック体は、機械1台につき1セットしか売ってくれないというのだ。書体は1セット15万円とか20万円とかするものだったが、売ってくれと言っても売らないのだから凄いことだ。
 これは写研の機械が高かったことに問題があった。同程度の機能を持った機械ならモリサワやリョービのほうが安く、文字盤の台を変えれば写研の文字盤を使うこともできた。価格差はよくわからないが、50万とか100万も違ってくればリョービの機械を買う人が増える。しかし、リョービの書体はほとんど無名で、どうしても写研の書体が必要になる。実際、リョービの機械を使っている人はみんな写研の書体を載せていた。そんな事情もあったろうが、とにかく営業は強気で、どちらがお客だかわからないような感じだったという話を聞いた。

 そんな写研の独占状態も、今となっては過去の話になってしまった。早々とDTP市場に参入したモリサワ書体は、今やDTPのスタンダードになっている。電算写植にこだわった写研は完全に乗り遅れて、パソコンの世界では写研の書体を見かけなくなってしまった。
 しかし、DTPでスタンダードになったモリサワフォントも、メイン書体であるリュウミンは写研の石井明朝体と見分けがつかないほどそっくりだし、新ゴという書体は写研のゴナによく似ていたため裁判沙汰になった。モリサワは裁判に勝ったが、そろそろスタンダードとは言えなくなってきたように思う。無理して高いモリサワフォントを買う必要がなくなってきたからだ。パソコンのフォント環境はどんどん変わっている。



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